読書記録

【読書記録】「嫌われる勇気」で人生好転する

こんばんは! みやうちコウです。

「カウンセリング団長」という肩書きを作りました。

カウンセラー+劇団長=カウンセリング団長

というイメージです。

さて、カウンセラーとしての能力を高める為、

たくさん読書をすることにしました!

メルカリで、じゃんじゃん注文しています。

1冊目は、

嫌われる勇気

内容をかいつまんで、3つにまとめました。

  1. 悩みはすべて対人関係
  2. トラウマは存在しない
  3. 「嫌われる勇気」で強く生きる

内容盛りだくさんで、

選ぶのに苦労しました。

悩みはすべて対人関係

哲人 個人だけで完結する悩み、いわゆる内面の悩みなどというものは存在しません
どんな種類の悩みであれ、そこにはかならず他者の影が介在しています。

普通に考えたら、んな馬鹿な、です。

だって、僕がブログ記事を書けない理由があるとしたら、

ちょっと面倒だったり、

うまく書けないだったり、

そもそも書く気がなかったり、

 

どう考えたって、僕が

怠惰で、

文章書く力が乏しく、

やる気がない。

ってだけのことです。

 

でも、とりあえずは哲人が言っていることに当てはめてみます。

偉い人の意見は聞きましょう。

学校の先生はあまり好きではありませんでしたが、、。

「ブログを書くことを面倒に思う心理」

まずは、「ブログを書くことが面倒」を紐解きます。

面倒と思うってことは、

自分の中で

「書く必要がある」のに、出来ない

という図式があります。

なるほど。

実は心の奥底で、書かなければとか、

書くんだ! って意思がありそうです。

「ブログがうまく書けないから書かない」の心理

次に行きます。

文章を書くって難しいです。

創作の物語を書くのは、割と得意としていますが、

現実社会での文章を書くのは下手くそです。

物語においては、

文章を書く=面白い作品を書けばいい

なので、

 

どういう文章にすれば相手に伝わるのか。

企画書を通すためにはどうればいいのか。

読書感想文は一体誰のために書けばいいのか。

なんて、

さっぱりわからないんです。

ブログ書くのは、かなりの苦労があります。

うまく文章が書けない=なら書かない

ということですかね。

子供のわがままみたいだ・・・。

「ブログを書くのにやる気が出ない」の心理

やる気って空から降ってきたり、

急に湧いてくる。

だから、やる気が起きるまで待っている。

そして、やる気が起きなければ、

一生ブログを書かなくて済む

おやおや、

かなりの極論にまで達してしまいました。

全部まとめると「他人の目を気にしている」

評議会での議決が出たようです。

 

全会一致で、

 

「他人の目を気にしている」

 

はい。

これだけでした。

当たり前のことではありますが、

ただ個人のあったことを記録するだけなら、

「日記」にすればいいんです。

 

高橋の手帳とか、

コクヨの大学ノートとか、

ジャポニカ学習帳とかなんでもいいので、記録すればいいんです。

 

でも、それをしないでwebに載せる。

ということは、

 

「誰かに読まれることを前提」としています。

 

他人がいて、はじめて成立するのが「ブログ」なんです。

自分以外の人がいなければ、それは「日記」です。

 

ネットを介しているとはいえ、

他人との関係がある以上、

対人関係で悩んでブログが書けないでいる

って結論が出ます。

哲人28号に論破されました。

次にいきます。

トラウマは存在しないって本当なの?

僕には大きなトラウマはありません。

家族は健在だし、

仕事もしているし、

何よりブログを書く余裕もある。

 

でも、過去にあった嫌な出来事はあります。

親にこっぴどく怒られたとか、

失恋したとか、

会社クビになったとか、

その程度です。

それらを経験した、

その時、その瞬間は確かに辛かった。

今の僕は辛くはない。

ということは、

僕の場合、

「忘れる」ということでトラウマを消しているのでしょう。

「嫌われる勇気」ってわがままで生きること?

「嫌われる勇気」の最大の山場。

タイトルにもなっている通り、

哲人 嫌わる勇気を持つことである。

に焦点を当てていきます。

青年 じゃあ、嫌われるようにするってことですか!!

ほんと、青年がいいセリフを紡いでくれる。

僕が思っていた通りに動いてくれる。

でも、哲人はこう返します。

哲人 私だって人に嫌われたくはない。でも、嫌われることを恐れて何もしないわけにはいかない。

その瞬間、

僕の中でなにかがハジケました。

トラウマはないなんて、

強がりを言いましたけども、本当はありました。

それは、

幼稚園の卒園式で、母に「恥ずかしい」と言われた

大人になった僕の視点からみたら、

子供がふざけていただけだし、大したことではありません。

でも、当時の思いはしっかりと僕の胸に刺さっていました。

抜けないで何も出来ないでいるくらいに。