ショートショート

【ショート・ショート】車掌の微笑み

「あー腹が立つな」

最終電車に乗っている俺は、扉に向かって独りごちた。

なぜこんなにも腹が立っているのか。

扉を少し蹴った。

革靴の先が少し凹んだ。

お気に入りの靴が台無し。

更に扉を蹴る。

少しだけ、すっきりとした。

でも、腹の中の虫はこれだけじゃ収まらない。

なぜかって?

それは、今日の仕事がうまくいかなかったからだ。

いや、うまくいかなかったといのは正しい表現でない。

 

うまくいかないように仕向けられた。

 

と、いうのが正解だろう。

 

俺が何日もかかって揃えた資料はプレゼン直前でデータが壊れていたし、

内内に時間をかけて根回ししたはずなのに、

誰も俺の意見に賛成しようとしなかった。

表向きの嘘だらけで、

俺は騙されていたんだと気づいた。

 

つまらないプレゼンのあとに、部長からはこう言われた。

 

「おつかれさん」

 

くそっ。何も成果が出せなかったわけじゃない!!

 

何も出来ないように仕向けられていただけなのに!!!

 

俺は少しも悪くないのに!!

 

会議のあとのことは記憶にない。

おそらく気が気じゃなかったのだろう。

誰かに話しかけられたのだとしても、

少しも気付かなかったのだろう。

終業のチャイムの音で、俺ははっと目覚め、

飲み屋へと直行した。

飲まずにはいられなかった。

飲んで忘れることにした。

こうやって、嫌なことがあった日には、

酒を飲むに限る。

しこたま飲んでしまえば、気分がよくなるし、

細かいことはどうでもよくなってくる。

海外のニュースで、コンビニに強盗が入ったとか、

芸能人が離婚しただとかのよくある話くらい、どうでもよくなる。

 

どうでもいいといえば、

いつも飲み屋で一緒になる、親父がよくわからないことを言っていたな。

あまりにも意味不明なことだったから、よく覚えている。

 

「あんたさ、他人のせいにしすぎじゃないか?」

 

「は? 何言っているんだ。周りのやつらのレベルが低いんだよ」

「違う違う。そうじゃないよ」

「何が違うんだ」

 

「あんたは、どうして点でしか物を見れないのかね?」

 

「おい、俺を否定してんじゃない。もう、あんたとは一緒に飲まない。

酒がまずくなる!!」

「待ちなよ。あんたの為を思ってだなーー」

「嘘をつくな!! お前も会社の奴らと一緒だ!!」

 

そう吐きつけて店を飛び出した。

どう考えたって俺の方が正しいのに、意味不明なことを言う。

全く。

俺を否定していい人間なんて、この世にはいてはならないというのにーー。

 

「お客様」

「ん?」

 

「お客様。あまり扉を蹴りますと、次の駅で降りていただきますよ?」

「な、なんだお前は」

 

帽子を被った制服の男が話しかけてきた。

車掌だろうか。

一体、何のようだ。

 

「俺に何のようだ」

「いえ、さきほどから扉を蹴っているお客様がいると、

私の方に通報があったので」

「お前も俺のことにケチをつけるのか!!」

「お客様、落ち着いてください」

「うるさい!!」

俺は車掌にまで、とやかく言われないといけないのか。

何もしていないというのに。

 

車掌は俺の一言に恐れをなしたのか、

すぐにいなくなった。

 

よかったよかった。

 

これで一安心だ。

 

次の駅で降りろとは一体何事か。

 

イライラしていて気付かなかったが、

そろそろ俺が降りる駅に近づいていた。

 

さっさと家に帰って風呂に入るか。

 

見慣れた景色が扉のマド越しを通り過ぎていく。

疲れ切っていたので、扉に全体重をかけるように寄りかかった。

右肩が扉に触れて冷たい。

 

すると、

 

先程の車掌と目が合った。

 

車掌はにこやかに俺を見ている。

 

俺に手を降っている。

 

なんだか気持ち悪いな。

 

一体なんだというのだ。

 

どいつもこいつも何を考えているのか。

 

車掌がマイクを手にする。

 

「間もなく最終駅に到着致します。

進行方向右手の扉が開きます。

お気をつけください」

 

俺が寄りかかっていた扉が開いた。

 

俺は走っている車両から投げ出された。

 

どいつもこいつも、

なんて自分勝手なんだろう。

 

どいつもこいつも、

なんて嘘つきなんだろう。

 

Fin